雑種猫、避妊済みの女の子、体重 4.5 kg の症例です。

3〜4 年前、事故に遭い、下顎の皮膚が大きくめくれた状態で保護されました。その後、下顎を整復するために複数回の手術を受けたそうです。

事故の影響と考えられますが、保護された当初から舌が常に左側へ出ている、下顎がずれている、一部の永久歯が十分に生えてこないといった状態がみられていました。

最近になって口元を気にするようになり、来院 2 日前には歯が折れていることにも気づいたため、歯科診察を希望して来院されました。

○歯科検診

歯科検診では、左上顎犬歯(203)と右下顎第一後臼歯(409)が確認できず、臼歯には多量の歯石が付着していました。

また、口腔内全体に歯周炎が認められました。特に右側の臼歯では歯周病が進行している可能性が高く、また、吸収病巣も疑われたため、この時点では 6 本程度の抜歯が必要になる可能性をご説明しました。

しかし、このときはすぐに処置を行うことを希望されなかったため、ご自宅でのケアを続けながら経過をみることになりました。

○3 ヶ月後の再診

その後は綿棒を使用して歯磨きを続けてくださっていましたが、あるとき突然、悲鳴を上げてのたうち回るほどの強い痛みを示しました。

次第に食事量が減り、よだれも多くなりました。さらに歯が自然に抜けてしまったため、初回診察から約 3か月後に再び来院されました。

改めて治療について相談し、今回は全身麻酔下で詳しい検査と歯科処置を行うことになりました。

○麻酔下検査・処置

麻酔下で口腔内を確認したところ、初回診察時に抜歯が必要と考えていた右上顎の臼歯(107、108)と左上顎の臼歯(207)は、すでに抜け落ちていました。

右下顎第一後臼歯(409)も口腔内に歯冠は見えていませんでしたが、歯科レントゲン検査を行うと歯肉の中に歯根が残っていたため、残根を摘出しました。右下顎の臼歯(407、408)と左下顎の臼歯(309)では歯周病が進行し、歯を支える組織が失われていました。また、慢性的な歯周炎に伴う歯根の吸収も認められたため、歯を残すことは難しいと判断し、抜歯しました。

左下顎犬歯(304)は、過去の事故の影響と思われる萌出不全があり、歯根も不整な形をしていました。そのため、将来的に問題を起こす可能性も考慮して抜歯をご提案しましたが、今回はできる限り歯を残したいとのご希望があり、処置を行わずに温存しました。

また、口がまったく開かない状態ではありませんでしたが、大きく開けようとすると強い抵抗があり、その際には心拍数や血圧が大きく上昇するといった侵襲反応が見られました。

過去の外傷や複数回の手術に伴う顎周囲の変形、瘢痕化などが関係している可能性がありますが、今回の検査だけで原因を特定することはできませんでした。

○まとめ

歯周病が進行すると、歯ぐきの炎症だけでなく、歯を支えている歯槽骨や歯根膜が少しずつ失われていきます。重度になると強い痛みを生じたり、歯がぐらついて自然に抜け落ちたりすることがあります。

さらに、歯周病を放置すると、歯を支える組織が失われるだけでなく、慢性的な炎症に伴って歯根の吸収が起こることもあります。一度失われた歯周組織や吸収された歯根を元の状態に戻すことはできません。

今回も、初回診察から約 3 か月の間に複数の歯が自然に抜け落ち、その間に、悲鳴を上げてのたうち回るほどの痛み、食事量の低下、よだれの増加といった変化がみられました。

この猫ちゃんでは、過去の事故によって下顎がずれ、一部の歯が十分に生えていないなど、正常とは異なる噛み合わせになっていました。噛み合わせがずれると、歯と歯が不自然に重なる場所や、舌や食べ物による自浄作用が働きにくい場所が生じます。さらに歯磨きもしにくくなるため、プラークが停滞しやすくなり、歯周病の進行に影響した可能性があります。

歯ぐきの下にある歯根や歯槽骨の状態は、外から見ただけでは分かりません。歯を残せなくなる前に異常を発見し、必要な治療や日々のケアを始めることが大切です。

特に、口を気にする、食べ方が変わる、食事量が減る、よだれが増えるといった変化は、口の痛みのサインである可能性があります。もともと顎や歯並びに問題がある猫ちゃんでは、ご自宅でのケアに加えて、定期的に歯科検診を受けることが重要です。